みんなでつなぐ、育てる、
ロータリーリレーションシップ
生命の大切さを次の世代へ繋げるRCの奉仕
木村、御竿、松田、岡村、鬼束、下郡下郡(隆)、下郡(拓)、鈴木
齋藤(湯布院)
板井、宮根(地区チームラーニングセミナー)
〇後藤(直)会員 所属する「ななせゴルフクラブ」の3月月例会で初優勝できました。ゴルフ同好会に参加し、鍛錬を重ねた成果が出ました。昨日の合同新聞に名前が出ました。1口提唱させて頂きます。先日の同好会はドタキャンして失礼しました、また、先日は結婚記念日のお花を頂き大変ありがとうございました。 1口
〇畑会員 別府北RCゴルフ同好会ゴルフコンペ(2/22)竹中コースでの会に出席し、組み合わせよく優勝出来ました。ありがとうございます。 2口
〇堀会員 先日のゴルフにおいてすばらしいスコアで準優勝致しました。浦松ニコボックス委員長より目をつけられましたので 2口
〇山名会員 ゴルフ同好会コンペで皆様と楽しくまわりましたが、ブービーとなりました。次回がんばります。馬券も偶然にも1人頂きましたので 2口
〇お祝い
会員誕生日 山本会員 3口
先週の土曜日に熊本市で、セントパトリックデーというイベントがあり、ウチのワンコと参加して来ました。
セントパトリックはアイルランドの聖人で、まだ野蛮な未開の地だったアイルランドでキリスト教の布教活動をした人です。
一緒に連れていた、犬がアイリッシュウルフハウンドという、我が家の犬だったそうです。
熊本在住のデカワンコのグループの人から依頼があり、去年のイベントから参加させていただいています。
熊本市の中心部、辛島公園前の、アーケード街を警察の音楽隊を先頭に、緑色の法衣で身を包んだセントパトリックと緑の、マントをきた大きな犬が行進し、後ろにはやはり緑の服や帽子を、被った100名以上の人達とワンコ達がパレードします。
アイルランド大使館の方々もパレードに参加されていました。
たくさんの見物客や露店も出て大賑わいでした。
どうして熊本でアイルランドの聖人のお祭りをするのか、理由はよくわかりませんが、こういうイベントは、やる事に意義があるんだと思います。
先日別府公園で行われたランタンフェスティバルも参加して来ましたが、別府公園の上空にゆらゆらと飛ぶ数百のランタンの景色は本当に幻想的で、素敵でした。
何より参加している方々が本当にいい笑顔をしていました。
これも是非別府市の風物詩として、冬の花火ファンタジアのように定着して欲しいと思いました。
別府北で行っているワンワンパークも通算で3回目でしたが、イベントの後半頃に2組の年配のご夫婦が僕のところにお見えになりました。
2組とも1回目、2回目の、イベントに参加されていて、コロナで中断していた間に愛犬が亡くなって、それでも懐かしくてワンワンパークを見に来てくれたとの事でした。
涙を、流して来て良かったと言っていただき、いろんな苦労が報われた気がしました。
こういうイベントは無ければないで何の支障もない、言ってみれば無駄な事なんですが、でもこんな、素敵な無駄な時間があるからこそ、人生が豊かになるような気がします。
2月14日の地区チームラーニングセミナーに参加してきました。
今回は当クラブより7名の参加です。
会場は人吉カルチャーパレス、2023年の地区大会と同じ会場でした。
その時は人吉の洪水被害後でやっと復旧し始め、球磨川の川下りが出来るようになった時期でした。
観光チームでの人吉観光、球磨川下りを楽しんだ思い出が蘇りました。
私は、米山記念奨学生選考委員としての参加です。
分科会では、各委員毎に集まり次年度の活動予定等の話し合いです。
今年度に引き続き委員会メンバーにあまり変わりがないので分科会もスムーズに進みました。
板井覚会員も同じ米山委員です。
それもあり、心強く安心してセミナーに参加出来ました。
米山の部会長である山下部会長より「人吉ならではだよ」とくまモンのロータリーバッチを頂きました。
こいのぼりに乗ったくまモン? 良く見るとこいのぼりにタイヤ?人吉の郷土玩具のきじ馬に乗ったくまモンでした。
熊本のロータリーバッチはいつもくまモンが付いていて可愛いです。
著作権がないのは強みですね。
大分も大分ならではのロータリーバッチがあると良いのにと感じました。
その夜はホテルサン人吉にて懇親会です。
各委員会毎のテーブルです。
皆さんと初めてゆっくりと色々な会話が出来やっと私を覚えて頂けるようになりましたしグループラインにも入れて頂けました。
今回の地区チームラーニングセミナーへの参加で米山奨学金制度を改めて認識することができました。
今後も引き続きより良い活動を行っていきたいと思います。
最後に今回知ることが出来ました「きじ馬」について。
きじ馬の始まりは今から600年以上も前の平安時代と言われてます。
壇ノ浦の戦いに敗れ、五家荘に逃げ延びそのまま人吉、球磨方面に住み続けた平家の落人が生活の糧として木材を削り色を塗り玩具として地域の祭りで売っていたと言い伝えられています。
所説ありますが、京都に思いを馳せながら、九州の小京都と呼ばれる人吉でこのきじ馬が生まれ今でも作り続けられることには意味があるのだろうとの事です。
以上、報告でした。